チワワs in Ann Arbor
アメリカのミシガン州デトロイト近郊の街、アナーバーでの駐在生活。チワワのハナとマロのことや、日々の暮らしについて綴っています。ホームステイ&留学で培った英語力を活かして、地元密着型のアメリカ生活を送るのが好き。2009年1月、長女リサ誕生。

   
プロフィール

Emi

Author:Emi
* * * * * * * * * *
2006年8月から、
結婚して2度目の米国駐在中。
08年5月にKY州ルイビルから
MI州アナーバーへと
引っ越してきました。
チワワ2匹を連れて。

長年の不妊治療の末、
ルイビルでのIVFによって妊娠。
2009年1月、アナーバーにて無事に出産しました。

詳しいプロフィールは、カテゴリ内の
「自己紹介」をどうぞ。


2007年4月以前のブログは、こちら↓
過去ログ チワワ in Louisville



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Christmas Spectacular


ニューヨーク駐在時代に、
マンハッタンのラジオシティー・ミュージック・ホールへ観に行った
Christmas Spectacular ( クリスマス スペクタキュラー ) 。
1932年からずっと素晴らしいパフォーマンスを続けている
美女のラインダンス集団、 The Rockettes ( ロケッツ ) が出演する
クリスマスのショーです。

この時期、全米をツアーで回るのですが、
デトロイトにも来てくれるというのを知って大喜びだった私!
11月22日の土曜日に夫と2人で行ってきました。
数ヶ月前にチケットを購入して以来、ずっと楽しみにしていたんですよ~。


1人75ドル ( 7500円 ) という、ちょっと高いチケットだったけど
かなり前の方の席だったので嬉しかった!
rockettes




まずはトナカイの格好で、ロケッツの皆さんが登場。
rockettes2




サンタさんも登場。
santa





タイムズスクエアの景色をバックに、美しいおみ足を高く振り上げるロケッツ。
rockettes3





なんともキレイな、この並び&足の振り上げ!
rockettes4

それもそのはず、ロケッツの一員になるためには、
身長が5フィート6インチから、5フィート10.5インチの間でなくてはならない、
という厳密な決まりがあるからです。




時にはおもちゃの兵隊さんの格好で出てきてくれたり
rockettes5





はたまたサンタさんの格好で踊りまくってくれたり。
rockettes6





もちろん、ロケッツのダンスばかりではなく、
ステージに用意された小さなリンクで、スケートを披露してくれるペアがいたり
skaters





サンタさんと男の子が宙を舞ったり
santa and boy





イエス・キリスト誕生の感動の場面が再現されたり
christ


クリスマスのショーとして十分楽しませてくれる内容になってます。





でもやっぱり、一番の見どころ & シメはロケッツ!
rockettes7





1度のショーで300回行なわれるという、eye-high kicks ( 目の高さのキック ) !
eye-high kicks




音楽はオーケストラによる生演奏。
懐かしいニューヨークの景色も、CGで見事に再現された背景として
たくさん見ることができたし、サンタさんは登場するし、このショーによって
クリスマス気分が一気に盛り上がりました。

観に行けてよかった~!




< 今日のハナぴ~ >


トナカイさんになってみました。

hannah the reindeer




あんなに足は上がらないけど、キュートさならロケッツに負けないぞ!

hannah the reindeer2






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マロにかぶせるのは至難のワザ。

yardbanner
クリスマスにもう一度かぶってね、ハナぴ~。




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絶品でした。手作りタイ・カレー


10月から取り始めたいろいろなクラスも、今週で全て終了。

フランス語会話&カルチャーは、先週の木曜日が最後のクラスでした。
最終日は、先生がクレープを焼いてきてくれたの。 美味しかった~!

陶芸も昨日が最終日。 完成品を受け取りに行くのは後日です。
本当にロクロは難しかったなぁ・・。
昨日は釉薬をかけた(色づけした)のだけど、どんな風に焼きあがるのか?!

あと、単発でとった様々な料理教室。
韓国のビビンパ、ワンコ用のお菓子に続き、先日は
タイのグリーンカレーと、ベトナムのフォーを習いに行ってきました。


グリーンカレーの日。 先生は、サンフランシスコ出身のベトナム人の先生。

cooking class


場所は地元の高校の、家庭科教室みたいなところにて。
上のほうに鏡が付いているので、先生がどういう作業をしているのか、
鍋の中はどうなっているのか、を見ることができます。



ビビンパの時と同様、我々生徒たちは、先生が作業をするのを
座って見ているだけ・・・でしたが、この時は少しだけ料理に参加しました。
料理というか、下準備?

ハーブやスパイスを、石のすり鉢ですりつぶす ( 叩きつぶす ) のを
生徒たち皆が順番にやったんですよ。

spices



皆の叩き潰しによって出来上がった手作りスパイスミックスを入れ、
完成したグリーンカレーは・・・とってもマイルドな味でオイシカッタ~!

ナスとチキン入り。
thai green curry



この日、隣に座ったクリスティーンという女性が、話しかけてきてくれました。
私が、その日配られたレシピに、先生からの注意事項を
日本語でちょこちょこと書き込んでいたのを見て、日本人だとわかったみたいで。
実はクリスティーン、ご主人のお仕事の関係で日本に3年くらい住んでいたそうです。
しかも、横浜の元町に住んでたというし!
( 私も2年ちょいだけ浜っ子でしたから。 )

また会いたいから連絡先を教えてもらおう、と思っていたら、クリスティーンのほうから
「 一緒にコーヒーでも飲みたくなったら連絡して! 」 と言って
メールアドレスをくれたの~。

それで、先日Caribou Coffeeで一緒にお茶してきました。
お子さんが3人いるクリスティン。
話も合うし、とても楽しい時間を過ごさせてもらいました!
また来週会う予定です。

タイ・カレーの料理教室で、日本好きなアメリカ人の人と知り合いに
なれるとは、意外でした。 嬉しい♪




< 今日のハナぴ~ >

アフターセールで買った、もう1つのハロウィンコスチュームで~す。


pumpkin wear


ごめん、ハナ、頭にかぶるかぼちゃのヘタ部分の、ゴムがきつすぎたみたい。
ひっぱられて顔が変わっちゃってるね (笑)。




後ろはこんな感じ。

pumpkin wear2



来年のハロウィンはこれに決まりだ。




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マロはこんなの着てくれるはずもなく。

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やっぱ洋服&かぶりものはハナぴ~にお願いするに限る。





犬の会


インターネットがつながらないって、今の時代、本当にツライことですね・・・。
実は先週の木曜日から、我が家がその悲劇に陥っていまして
つい先ほど、4日ぶりにこうして外界とようやくつながりました。

おかげで、ブログにアップするネタがどんどん古くなっていってます (^^;)


今月初旬に、我が家にて開催した 「 犬の会 」 。
夫の会社の日本人スタッフには愛犬家が多いんです。

doggies


写真左から、ビーグルの豆ちゃん(♀)、我が家のハナまろ、
アメリカンエスキモーのSNOW(♂)です。



あともう1匹、ミニチュアダックスのラテちゃん(♀)。

latte
↑ ラテちゃんの飼い主さんに抱っこされて、得意げな顔のハナぴ~。




1品持ち寄りのポットラック形式にさせてもらったんですが、
S家の奥さんが作ってきてくれた3種類のケーキが、素晴らしかった・・・。

3 kinds of cake

今、こちらの学校に通ってちゃんと習っていらっしゃるから、プロ並みの腕前なんです。
それにしてもスゴイ。
甘さ控えめの上品なお味で、日本で売られているケーキみたいでした。





犬たちは皆、シャイなのか怖がりなのか? 
一緒に遊ぶということがなかったのがちょっと残念といえば残念。

唯一、我が家のマロだけが、SNOW君のことを異常に気に入り、
ストーカーのように追いかけ回しては
「 遊んでください! 」 と両手を合わせて懇願していましたけど・・・。

I'm begging you
↑ SNOW君のほうは、しつこいマロに全く興味なし。 っていうか、
  体がマロを避けてますよね (笑) 。



一度、Mさんがオヤツを取り出したときに
5匹全員がおもむろに集まってきましたっけね。
treat time




犬が5匹ウロウロする中、人間たちは Wii を楽しみました。
playing wii

playing wii2




最後は皆で記念撮影。

all together



いや~、めっちゃ楽しかったです。
またいつか絶対にやりたい!




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私はこの日のために犬用カップケーキを焼いたのだけど、失敗しちゃたの~。

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やっぱり犬ってかわいい。また集まろうね~。





朝からてんこ盛りクレープ


不妊治療について長々と書き綴っていた間、
実生活ではいろいろと楽しいことがありました。


バスケットボールを観に行ったり ( デトロイト・ピストンズ )

pistons


pistons2

( これで、デトロイトのプロスポーツはアメフト以外は全部観に行ったよ。
  アメフトは、いいや・・。 クリーブランド時代に雪の中で観戦して死にそうだったから。 )




夫の、サンフランシスコの高校時代の友人夫妻が、
生後3ヶ月の男の子を連れて、オハイオ州シンシナティから遊びに来てくれたり。

friend's visit

↑ ガレージセールで買ったベビースイング。 グズるY君を試しに乗せてみたら泣きやんだ!
  効果があることを実証してくれたY君、ありがとう~。



ある日の週末は、アナーバーのダウンタウンでブランチをとりました。
今回行ったのは、Cafe Zolaというフレンチ・カフェ。
クレープが食べられるというので行ってみました。


こぢんまりした、ちょっとオシャレな店内。 ( 雰囲気が伝わらない写真でスミマセン )
cafe zola



夫はオムレツを
omelette



私はクレープを頼みました。
crepe



ご飯系のクレープか甘い系か、どちらにするかものすごく迷ったのだけど、
Nutella (チョコ&ヘーゼルナッツのスプレッド) とバナナ、という
最強の組み合わせの誘惑に勝てず・・・



crepe2



しかし、朝からこの てんこ盛りクレープ はちょっと無理がありました。
アイスクリームと生クリームは残しちゃいましたよ。

クレープ自体はしっとりしてて美味しかったです。


Cafe Zola
112 W. Washington St.
Ann Arbor, MI




< 今日のハナまろ >


ハロウィン明けに、ペッツマートで70%オフになっていた
かぶりものを、つい買ってしまいました。 $1.50くらいだったんで。



カラフルなカミナリ様?
belated halloween



嫌がるマロにもむりやり被せてしまった・・・ぷぷっ。
belated halloween2





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来年は、これ被ってTRICK OR TREATに行こうか。

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ハロウィンコスチューム、もう1つ買っちゃったの、うふ。





パンをくれる歯医者さん


先日、夫が歯のクリーニングをしに歯医者さんに行ったのですが、
帰宅した彼の手には、なぜか焼きたてのパンが。 ( 触るとまだ温かい! )


homemade bread



この歯医者さん、新しい患者には焼きたてのパンをくれるのだそうです。
( その場でパンを焼いているらしい。 )
え~っ、同じ歯医者に私が9月に初めて行った時には何ももらえなかったのにぃ。
つい最近始まったことなのかなぁ。


シナモンレーズンパン。
アメリカのパンらしくズッシリと重いけど、さすが焼きたて。 美味しかったです。
homemade bread2




私たちが行きつけに選んだ歯医者さんは、
自宅から車で5分という近場にあるDr.リーのオフィス。
黒人の、イケメン・・・というか、とても整った顔立ちの、優しい男の先生です。
ここに決めた理由は、引っ越してきてから何通も送られてきた
歯医者さんの案内の中で、一番最初に、しかもクーポン付きで届いたから。

近いし、きれいだし、先生は丁寧で優しいし、焼きたてパンはくれるし(笑) 、
ここにしてよかったねぇ。


しっかし、焼きたてパンをくれる歯医者さんなんて、初めてだよ。
おもしろすぎて笑っちゃいました。



歯といえば、ハナまろの2匹も歯のクリーニングをしてきましたよ。

had teeth cleaning

獣医さんのところで、麻酔をかけて、すみずみまでキレイにしてもらってきました。
おかげでヒドかった口臭もなくなって、よかったよかった。

お値段は2匹で1400ドル ( 約14万円 ) ・・・のところ、無料でした。

うちはペッツマートの中のBanfieldという動物病院にかかっているのですが、
そこではウェルネスプランというのがあって、月々1匹につき24ドルだったかな?
払っていると、毎回の診察料が無料、基本的なワクチンなども無料で受けられるんです。
そのプランをアップグレードして、月々30ドル払うプランにすると
歯のクリーニングもタダになる、というわけ。
月々の支払いが、2匹で12ドルほどアップするけど、
2匹で1400ドルの歯のクリーニング代が無料になるんだったら、
十分、元がとれますからね。


白い健康な歯で、ぜひ長生きしてちょうだいね~、お2人さん。



got it





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日々の歯磨きは、激しく拒否され続けたため断念。

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麻酔をかけた日は、帰宅後も1日中ボ~ッとしていた2匹でした。





妊娠9ヶ月


今日から32週。 9ヶ月に入ります。

前半はトラブル続きで、常に不安がつきまとっていたけれど
8月の大出血と、その後の旅行中の小出血を乗り越えた後は
おかげさまで順調です。

血液検査で「貧血」という結果が出てしまったことくらいかな、気にしてるのは。
鉄剤を服用するように言われたけど、この鉄剤、どんなに少量を服用しても
吐き気をもよおしてしまう。
ドクターに相談したら、鉄分の多い食品を食べるように努力すれば
それでいいですよ、とのこと。
以来、プルーンジュースやレバー、ほうれん草などを頑張って食べるようにしてます。




先月、8ヶ月突入時に撮った写真。
8month


そして、9ヶ月突入の今日のお腹。
9month


夫が出張中なため、タイマーを使っての自己撮影。
どうしても前回と同じようなアングルでは撮れませんでしたが・・・。

お腹、大きくなってるのかどうか、あんまりよくわからないなぁ。



ハナまろの2匹がいるため、我が家では必需品のベビーベッド。
ベイビーザラスでみつけたお気に入りのベッドが、
在庫残りあと2つだというので、慌てて購入しました。
ついでに、産後すぐに必要になりそうなものは今日、
友人Yちゃんに付き合ってもらってベイビーザラスでほぼ全部
買い揃えてきちゃいました。


その時に使ったのが、ベイビーザラスのギフトカード。
gift card

10ドル分 ( 約1000円分 ) なんですが、
実はこれ、2週間前の検診の時に、待合室でもらったもの。
ミシガン大学の学生だという女性が
「妊婦と不眠症の関係について調べているから協力してほしい」と声をかけてきて、
「アンケートに答えてくれたらこのギフトカードを差し上げます」との言葉に
もちろん速攻でやりましたよ、そのアンケート^^。
意外と長くてちょっと疲れたけど。
たった10ドルでも、ありがたいです~。



昨日、雪が積もったのをきっかけに、
今までの秋バージョンの飾りつけから
autumn decoration

autumn decoration2




クリスマスバージョンに切り替えました。
xmas deco


サンクスギビングもまだだし、ちょっと早いとは思ったのですが
夫が出張中で、ヒマだったもんで。
xmas deco2



残念だけど今年はツリーは出しません。
「いつ出産になるかわからない&いつ片付けられるかもわからないからイヤだ」
と言って夫が手伝いに反対したからです。
2階に収納してある巨大なツリー。
私1人では下まで持ってこられないし片付けられない。

ま、確かに夫が言う通り、クリスマス付近に何があるかわからないので
今年は暖炉をちょっと飾るだけにします。


お気に入りの、ガラスのツリーでガマンガマン。
glass tree



ず~っと前にPottery Barnで買ったトナカイさんたちは、もちろん登場。
reindeer


大のお気に入りである彼らは、絶対にハズセナイ。
銀メッキだからか、毎年黒ずんで姿を現すので、
ジュエリー磨きで丁寧にこすり、輝きを取り戻してあげます。
このトナカイさんたちを磨いていたら、
今年もこの季節がやってきた! とワクワクしちゃった。





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XMASプレゼントは何もいらない。

yardbanner
お腹の中に、長い間待ち望んだプレゼントが入っているから。





雪が積もったよ


今朝、起きたら雪が舞っていました。


snowy day



ここ最近、ものすごく冷え込んで、小さな雪の粒がパラパラっときたことは
2~3回あったのだけど、ここまで積もったのは今年初めて。



うっ・・・冷たい。
snowy day 2



去年の冬ルイビルに住んでいた頃、雪が降る日に外に出したら
プルプル震えて歩けなくなってしまったのに ( 特にハナ )
今日は意外にも元気に走りまわってる。
そんなに積もってないからでしょうか?


snowy day 3




私も寒くて手元が震えてしまい、写真はピンボケです。
snowy day 4





雪を食べるハナぴ~。
snowy day 5




2匹とも、やっぱりそんなに長い間は外にいられず、
すぐに家に戻ってきてプルプル震えてました。

まだ11月半ばなのに、もうすっかり冬の到来だね。


夫はただいまケンタッキーへ出張中。
まるまる2週間の、長期出張です。 
ちょっと寂しいけど、ハナまろがいてくれるから大丈夫。
でも、夜、何の物音もしてないのにいきなり吠えまくるのはやめて~。
かえって不気味で怖いから。





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お昼すぎには止んで、地面に積もった雪も溶けてしまいました。

yardbanner
もうクリスマスの飾りつけしちゃおうかな。




アメリカでの不妊治療 ( その5 )


判定日から1週間後、いつものApplebee'sで私の送別ランチをしてくれた
デニス、ロクサーン、ケイティ、ジルの4人に妊娠を報告。

ケイティはアゴが外れたみたいに口を開けてビックリし、
ジルは 「 I think I'm gonna cry. ( 泣きそう・・・) 」 と言って目を潤ませ、
デニスは 「 夢が正夢になったわ! 」 と満面の笑顔で喜んでくれました。
そう、私がDr.ナカジマのところに通い始めた頃、
「 Emiが妊娠する夢を見た 」 って確かにデニスが言ってたんです。
その時は 「まさかね~、人生そんな甘くないよな~」 なんて思ってたけど!

そして、私に運命の医師、Dr.ナカジマを紹介してくれたロクサーン。
roxanne with dogs
(  写真は、引越し荷物を出す日に、最後にもう一度ハナマロに会いたいと言って
   ダンボールだらけの我が家に来てくれたときのもの )


私が 「 I'm pregnant...... 」 と言ったら、
顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべて、ギューッとハグしてくれ、
「 うまくいくようにとずっと祈っていたの! 」 と。

それから、1回目のIVFがダメだった時、『 自分がDr.ナカジマを紹介して、
Emiたちに大金を使わせてしまい、それでもうまくいかなかった 』 と、
すごく申し訳なく思っていたの、とも言っていました。
そんな思いをさせてしまっていたなんて、ごめんね、ロクサーン。
私は、たとえルイビルで妊娠できなかったとしても、Dr.ナカジマに会えて
彼にラパロをやってもらい、IVFを受けられただけでも本当に良かったと思っていたのに。
だけど、もし今回私が妊娠できていなかったら、ロクサーンは
そのまま思いっきり自分を責め続けていたでしょうね。
そう考えると、ここで妊娠できて本当によかった・・・。



マージャン仲間には、私の最後のマージャン・デー@イボンヌさんち にて
報告しました。

嬉しいニュースを報告した直後の写真。
at Yvonne's house

みんな大歓声をあげて喜んでくれました。
レイクハウスへの旅行の時に打ちあけて以来、ずっと応援しててくれてありがとう。


Dr.ナカジマには、妊娠が判明してから会うチャンスがなかったので
面と向かってお礼を言うことができませんでしたが
無事にお腹の子が生まれたら、写真と一緒にTHANK YOU カードを
送ろうと思います。
病院には、Dr.ナカジマに妊娠させてもらった女性たちから送られた
赤ちゃんの写真が、壁いっぱいにビッシリと貼ってあるので、そこに加えてもらえるように。


そして判定日から11日後の5月16日、
ルイビルからミシガン州アナーバーへと引越したのでした。


引っ越し後も、妊娠11週になるまでは
お尻への黄体ホルモンの注射、小児用アスピリン、お腹に貼るパッチは
続けなくてはいけませんでした。
膣へのジェルは、妊娠13週まで続けました。

問題だったのは、お尻への注射。
ルイビルではSちゃんに打ってもらっていましたが、
引越し先のアナーバーにはお願いできるような人など誰もいない。
夫は相変わらず無理。
自分でやるしかない! ・・・ということで、頑張りましたよ、えぇ。


打つ場所はお尻の外側上部 ( 腰骨の高さ ) なので、一応手は届くのだけど
体を思いきりひねって注射を打たねばならず、何度も背中がツリそうになりました。
しかも、

この太くて長い針ですから!
hCG

自分で打った最初の2回は、貧血をおこして床にヘタリこんでしまいました、はは。

毎日、左右交互に打つのですが、左の時はやっぱり難しかったですね。
左手で打たなくてはいけないから。



引っ越してきてから約6週間、毎日自分でお尻に打ち続け、たまった注射器の残骸。
syringes
薬局からもらっていた注射器専用のゴミ箱は、小さくてすぐに埋まってしまうので、
その後はフタができる固いプラスチックの空き容器などを利用するんですね。
私が使ったのは、料理油の空き容器。
中にびっしりと注射器がつまっています。
恐ろしく太い針に負けずに頑張って打った証・・・私にとっては勲章のようなもの。
そのうち、特別な廃棄業者に頼んで処分しなくてはいけないんですけどね。


ミシガン大学病院を選んだのは、Dr.ナカジマから薦められて。
産科に行く前に、まずは不妊治療科のDr.John Randolphを訪ねるようにと言われ
5月29日、妊娠発覚以来初めての超音波検査を受けました。
そこで、双子であることがわかったんです。
2つの胎嚢が見え、2つの力強い心臓の音を聞かせてもらうことができました。
( その時の写真は → コチラの記事内にあります )

残念ながら、数週間後に産科で受けた2度目の超音波検査では
1人しか確認できなかったのですが、
初期の流産は、ほとんどが受精卵自体の染色体異常などが原因だと
ドクターから説明を受けました。
あなたのせいではないのだ、と。

何らかの異常を抱えていたにも関わらず、着床してくれて、そして
2人並んだかわいい姿を見せてくれて・・・
この卵ちゃん、頑張ってくれたんだなぁって思います。

よく考えたら本当に不思議。
だって、日本でIVFを受けた時は、先生も大絶賛するくらいの良い胚盤胞を
移植したことだってあったのに、妊娠に至らなかったし、
今回Dr.ナカジマにやってもらった時も、1回目はダメだった。
7個の受精卵のうち、1番目と2番目に良いグレードのものを選んで
移植したにも関わらず。
そしてその時、3番手、4番手だった卵たちが、今回揃って着床してくれたのだから。

卵の真の生命力って、見た目だけでは判断できないものだな、って
つくづく思いました。
「 人間、見た目じゃない 」 っていうのは、受精卵の頃からいえることなんですね^^。

それから、今回の体外受精では、過去にやっていた 「妊娠に効くもの、効くこと」 を
一切やっていなかったのも、不思議というか皮肉というか。
過去に手を出したものは、挙げたらキリがないけど・・・

鍼、漢方、ざくろ、マカ、高温期のパイナップルやグレープフルーツ、
適度な運動、骨盤体操、お灸、足湯、お腹にカイロを貼る、
布ナプキン、腹巻、イソフラボン、足ツボ、岩盤浴、生姜紅茶、
妊娠するイメトレ、妊婦さんに書いてもらう富士山、養命酒、
黒い食べ物、にんじん、子宝祈願、木村さん(知ってる人は知っている)、

・・・他にももっとあったかもしれません ( 笑 ) 。

今回は、上記のこと、一切やっていなかった(摂取していなかった)うえに
基礎体温すら計っていませんでした。

だけど

ありとあらゆる様々なものに手を出したこと、トライしてみたこと、
後悔はしていません。
「 できることは全てやる 」 がモットーでしたから。


今でも、自分の大きなお腹を見て 「 私、本当に妊娠しているんだなぁ 」
と不思議に感じています。
まだそんなこと言ってんの? と言われてしまいそうだけど、
本当にいろんなことに挑戦しては失敗して、の繰り返しの5年半でしたから。
自分が妊娠する日なんて来ないのかな、って何度も絶望してましたから。


もしもルイビルに駐在に出なかったら
もしもCreative Memoriesのコンサルタント、Sharonに連絡をとらなかったら
(Newcomers Clubのことを知らずにいたはず)
もしもNewcomers Clubでデニスが声をかけてくれなかったら
もしもデニスとロクサーンがお友達じゃなかったら
もしもロクサーンがDr.ナカジマの奥さんとお友達じゃなかったら・・・

どれが欠けても、今の私はなかったでしょう。


一緒に病院にまで行ってくれたデニス、ロクサーン、
治療過程をいつも気にかけて連絡をくれたケイティ、ジル、
お尻への注射を指導してくれたLori、
お尻への注射を行なってくれたSちゃん、
移植日の送迎をしてくれたイボンヌさん、
私の体を気遣ってくれたマージャン仲間たち、そしてボランティアの仕事先の皆さん、
じっくりと話を聞き、私にとっての最善を常に考えて全力を尽くしてくれたDr.ナカジマ、
どんな些細な質問にも丁寧に答え、親身になってくれたナースのイボンヌさん、
不妊治療に前向きに取り組むことを教えてくれたロビンちゃん、
応援し励まし、愚痴をきいてくれた日本の友人たち、
プレッシャーにならないようにと影ながらずっと応援していてくれた母、
そして、経済的・精神的に常にサポートしてくれた夫。

それ以外にも本当にたくさんの人たちの優しさや協力、支え、
祈り、があってこそ授かった命だと思っています。
決して自分だけの努力ではない・・・。


あれだけいろいろやっても妊娠できなかった私の体に
新しい命が宿った、この奇跡が、赤ちゃんを望む全ての人に訪れますように。


そして、どうかどうか、お腹の子が無事に生まれてきてくれますように。



< アメリカでの治療中、参考にさせてもらったブログ >

Baby Stork -アメリカでの不妊治療記録-
シノビノ日記 アメリカで不妊治療~双子妊娠へ



< 日本での治療中、参考にさせてもらったブログ >

不妊治療の培養室から
胚培養士さんが書いていらっしゃるブログです

オッパイ星人の母
ちょっと異色ですが、明るく治療と向き合う元気と笑いをもらえました^^




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h&mbanner

癒してくれたハナマロの2匹にも感謝してるよ~。

yardbanner
不妊治療に保険が適用されるようになったらいいなぁ。




アメリカでの不妊治療 ( その4 )


無事に解凍過程を乗り切ってくれた2つの胚盤胞をお腹に戻した私。

それから10日後の判定日までは、お尻への注射と膣へのジェルで
黄体ホルモンを補充し、お腹に貼るパッチで卵胞ホルモンを補充し、
小児用アスピリンを飲んで血栓を予防しながらも、普段通りの生活を送りました。

「 普段通り 」 というのは、本当にそのまんま文字通り。
それまでとなんら変わらない、忙しくも充実した日々を送ったということです。
ミシガンへの引越しを間近に控えていたので、もしかしたら
それまで以上に忙しかったかも。


ルイビルを去る前に会っておきたい人の中に、
ボランティアのお仕事先で一緒だったパットとナタリーがいました。
2人とはNewcomers Clubで知り合ったのですが、
私がこのお仕事を始めるきっかけは、ナタリーから教えてもらって
薦められてのことでした。


ピンクのカーディガンがパット、茶色い服がナタリー。
at audio studio


パットが、私の目をまっすぐに見て両肩を抱き、
「 You're gonna have a goooood life. 
( あなたはとっても良い生活 (人生) を送るわよ (送ってね) ) 」
と言ってくれ、なぜかそれで大粒の涙が止まらなくなってしまった。
いつも優しく声をかけてくれたパットとの別れが寂しかったというのもあるけど、
引越し先での新しい生活に不安を抱えていたせいもあるのかもしれない。


その後、ナタリーが私をハグしながら
「 引っ越したら、ひょっとして赤ちゃんがやってきてくれるかもよ 」 と
耳元でささやいたのです。

あれ? 私、ナタリーに赤ちゃんが欲しいと思ってること言ってたっけ?
思い出してみると、Newcomers Clubに入会した日、
皆の前でやった自己紹介の最後で
「 赤ちゃんが欲しいと思っているけれど、なかなか授かりません。
  コウノトリがどこかで迷っちゃってるのかも 」
と言って笑いをとったっけ。
そのことをナタリーは覚えててくれたようで。

お腹に受精卵を2つ抱えていた私は、ナタリーに伝えたくてたまらなくなり
「 実は体外受精を受けて、先日お腹に2つ卵を戻したばかりなの。
  Bless my embryos. ( 受精卵たちに恵みを与えて。 ) 」 と言ったら
ナタリーもパットも、私のお腹をナデナデしてくれました。

2人とのお別れに涙を流す私を見てモライ泣きをしてくれていた
ディレクターのアンや、アシスタントのマリーも
「 うまくいくといいね 」 と応援してくれて。



その後、判定日までに2回もチャーチルダウンズに行って競馬を楽しみ、
当然観戦しながらお酒も飲んじゃいました。 ( カクテルを1杯だけね )
( その時の競馬観戦のブログは コチラ と コチラ )
移植後だからって変に気を遣うのはもうやめちゃおう・・・って思ってたかな。
( IVF説明書には、お酒は控えるようにと注意書きがありましたけど ^^; )


そして迎えた判定日、5月5日。
ダメだろうと思っていました。
移植後しばらくは、黄体ホルモン補充のせいなのかちょっとお腹が
張るような感じなんですが、それがしぼんできてて
前回のダメだった時と全く同じだったからです。
体調の変化も何もなく、妊娠初期症状といわれるものなんかも当然なく。
もともと、新鮮胚に比べて凍結胚の移植は成功率が低い、
とは言われていたから仕方ないか・・・。
Dr.ナカジマが言ってくれたように、ルイビルでやれることは全てやった。
あとはそのうち日本へ一時帰国して、成育で最後のIVFを受けよう。
引越し先のミシガンでは、せっかくとってもらったワークパーミットを使って
働いて少しでもお金を稼ごう、治療でたくさん使わせてもらっちゃったから
・・・などなど、いろんな思いがかけめぐってたなぁ。

朝一番で病院へ行って採血を受けました。
前回と同様、やっぱり直接電話で結果を聞いて受け止める自信がなかったため、
IVF担当看護婦のイボンヌさんに
「 携帯電話の留守電に残しておいて下さい 」 とお願いしておきました。
そして、最後のボランティアのお仕事へ。
そう、この日、5月5日は、私にとって引越し前の最後のお仕事日だったのです。

仕事前に結果を知ってしまったら、辛くて悲しくて
最後のお仕事をキチンと成し遂げられないと思い、
仕事が終わるまでは携帯電話を見ませんでした。


パートナーのドナから、お別れのプレゼントにと本をもらいました。
with Donna

↑ この写真を撮った後、ドナ、ディレクターのアン、アシスタントのマリーと
最後のお別れをして、駐車場へと向かいました。
そして車の中で、携帯電話に残っている留守電を聞いたのです。
辛い結果を受け止める覚悟をして。

留守電から聞こえてきた、IVF担当の看護婦イボンヌさんの声は・・・

「 Hi, Emi. It's Yvonne. You ARE pregnant. 」

信じられませんでした。
放心状態で、息が止まりそうになり、真っ青な空を見上げたことを覚えています。
イボンヌさんのメッセージは続き、

「 hCGレベルは412。 とてもいい数字です。 
  もしかしたら2つとも着床したのかもしれない。 
  全ての薬をやめずに続けて。 明後日また採血しに来院してください。 」

というような内容でしたが、もう興奮しちゃって何が何だか ( 笑 ) 。


すぐに車を飛び出して、同じく車の中で携帯で誰かと話していたドナのところへ。
( ドナには治療のこと、何も話していませんでした。 )
尋常じゃない私の様子を見て何かを察してくれたのか、
すぐに電話を切って車から出てきてくれたドナに、

「 私、妊娠したの! 今まで5年半くらい、ずっとずっと子供が欲しいと思っても
  できなくて、それで今回5回目のIVFがうまくいったの。 信じられない。
  今電話で結果を聞いてわかったの・・・ 」

話しながら、涙がドバドバあふれて止まりませんでした。


夫エースにも、もちろんすぐに電話でご報告。
「 よかったねぇ! 」 と、なんだか他人事みたいな反応でしたね ( 笑 ) 。


その日の夕方6時、いつものようにお尻に黄体ホルモンの注射を
打ちに来てくれたSちゃんにも 
「 信じられないんだけど、うまくいったみたい。 妊娠したの。 」 と伝えたら
一緒に泣いて喜んでくれて・・・ありがとう。
今日が判定日だということは知らせずにいたんだよね。
前回、いつが判定日かをみんなに伝えていて、それで結局ダメだったことを
またすぐ皆に報告しなくちゃいけなかったのが辛かったから、
今回は誰にも言わずにいたのです。

夜6:30~8:30のESLに出席した帰り道、ふと思い出して
ドラッグストアで妊娠検査薬を買いました。
家で試してみると、初めて見る陽性反応。
本当に私、妊娠しているんだ・・・っていうか、
妊娠してると本当に線が2本出るんだ・・・って感じ?! ( 笑 )


それからしばらくは、自分が妊娠しているのがなかなか信じられなくて
( 体には何の変化もないので、仕方ないですよね )
毎朝、その2本線が浮かんでいるスティックを見ては
「 夢じゃないんだ 」 と再確認していました。


判定日の翌々日に受けた血液検査では、hCGレベルは1038、
さらにそこから1週間後には10,014にまで順調に増えていました。
hCGの値からすると双子の可能性は高いけれど、
判定日から3週間後に行なう超音波検査で見てみないとわからないとのこと。
その頃にはミシガンへ引っ越してしまうので、超音波はミシガンに行くまで
おあずけ状態でした。



・・・またまた長くなっちゃいました、すみません。
応援してくれた人の言葉や行動など、
個人的に後々までずっと忘れずにいたいと思う内容だったので。
しかも、自分でも予想していなかった、大どんでん返しの判定日でしたから。

たぶん次回で締めくくれると思います。




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アメリカでの不妊治療 ( その3 )


大金と、たくさんの勇気と努力をつぎ込んだ
アメリカでの初IVFが失敗に終わり、もちろん悲しくて辛かったけど
立ち直りも早かったように思います。

なぜか。
勝手な自己分析でしかないけど、思うに

1) 日々の生活が充実していた
2) この頃には不妊治療と ( 主に精神的に ) うまく付き合えるようになっていた
3) 子供のいない人生への覚悟が芽生えつつあった

からではないかと。


以前にも書きましたが、日本で治療を受けていた頃は精神的に辛いことが多く、
今思えばとても不謹慎なことだけど、流産さえも羨ましく思ってしまったり
( 私はどう頑張っても、何をやっても、着床にすらたどりつけなかったので・・ )
人の妊娠を素直に喜べなかったり、子供のいない将来を想像するのが怖かったり。

それが、ルイビルに来て、チワワのハナとマロが家族に加わってくれた辺りから
「子供がいない現状」でも幸せを感じられることが増えてきました。



懐かしい写真だ~。
hannah and baby mahllo



ハナマロからもらう癒しに加えて、
自宅でチャイナペインティング ( 陶器の絵付け ) を教え始めたり、
Newcomers Clubで出来たお友達と親しくなってあちこち出かけたり、
マージャンも始めてその仲間たちと楽しい時間を過ごしたり、
ESLのクラスではいろんな人種のお友達ができて、
ボランティアのお仕事では「誰かの役にたっている」という喜びを
感じさせてもらい、もちろん英語の勉強にもなって、
とにかく毎日が、これ以上ないっていうくらい充実していました。

だから、自分の意識が治療にばかり向いてしまうことがなかった。
充実した日々の生活にうまく治療を組み込み、精神的にも満たされていたと思います。


優しい旦那さんがいて、夫婦とも健康で、いろんなところに旅行に行って、
自分たちを慕って必要としてくれる可愛い犬たちがいて。
いろんな人に出会いたくさんのことを経験し学ぶチャンスのあるアメリカに
住むことができて。
感謝しなくちゃいけないな~、って思った、この現状に。
そして、幸せだな、と。
「幸せ」にはいろいろな形がある、というのがわかってきたのもこの頃。
自分のとらえ方による、っていうのもね。
( それまでは、本で読んだりしても理解できなかったけれど。 
  ようやく実感として、実体験としてわかってきたっていうんでしょうか? )

子供のいない夫婦で、とても仲良くて幸せそうで、
充実した生活を送っている人たちが周りに多かったことにも影響を受けていたかも。
夫婦だけじゃない、シングルの人だって、満ち足りた人生を歩んでいる人は
多いですものね。
本当に、幸せの形は、そして人生の形はいろいろです。


治療を経て夫婦間の絆も強まり、
旦那さんが自分のことを大事に思ってくれる気持ちも痛いほど伝わってきて、
この先、もし子供ができなくても2人(と2匹)で楽しく暮らしていける、と
思えるようになっていきました。
これは、長年の不妊期間を経験してようやく自分の中に芽生えたもの。
最初の頃は、「夫婦2人だけでも幸せだ」と言ってくれた夫の言葉に対して、
嬉しく思いつつも、子供のいない人生を受け入れるのが怖い、
という気持ちが強かったのにね。
やはり男性よりも女性のほうが、この一種の「覚悟」ができるまで
時間がかかるような気がします。
女性特有の、生まれ持った母性というもののせいなのでしょうか?

とにかく、人間、いろんなことを経験すると
考え方・感じ方・物の見方って変わるもんですね。



・・・前置きが長くなりましたが ( 長すぎ! )
そういう、良い精神状態で、ルイビルでの最後のIVF(体外受精)に挑戦することになります。
細かくいうと、IVFではなくてFET ( Frozen Embryo Transfer =凍結胚移植 )。
1度目のIVFで残った胚 ( 受精卵 ) を凍結保存しておいたものを
解凍して子宮に戻すというものです。


まずは費用から。

胚の解凍代、移植代、血液検査、超音波検査を含めて $2935.50。
必要な薬代が、約$766.00と説明書には書いてありますが、
私が初回に買った薬のレシートを見ると$1004.70支払っていて、
さらに追加で買い足したので、トータル$1500.00くらいいったのではないかな。
( しかも、妊娠することができて、さらに薬を継続することになったので
  もっともっとかかりました。 これは嬉しい出費になりましたけど。 )

つまり合わせて約 $4500.00。
保存しておいた胚を移植するだけなので、卵巣刺激や採卵の必要がないため、
IVFよりは大幅にコストが低くなりますが、それでもやっぱり高額は高額ですね。
( 日本では、凍結胚移植はたしかトータルで15万円くらいで済んだような。 )


スケジュールは下記のようなものでした。

3月12日  前回のIVFの陰性 ( X ) 判定
3月13日  生理開始
3月15日  避妊ピル服用スタート
3月29日  Lupron (10 units) 注射スタート  小児用アスピリンの服用開始
4月 5日  避妊ピル服用ストップ  Lupronを10から5 unitsに減量
4月 7日  生理開始
4月 8日  U/S ( 超音波検査 )
        血液検査でエストロジェン(卵胞ホルモン)の値をチェック   
4月 9日  パッチ開始
4月19日  U/S と 血液検査 
        結果を受けて、Lupronの注射ストップ
        プロジェステロン(黄体ホルモン)の注射スタート ( 夜のみ )
4月20日  プロジェステロンのジェル使用スタート ( 朝晩1つずつ )
4月25日  凍結胚移植  ( 2つの胚盤胞を子宮に戻す )
5月 5日  判定日  結果はなんと陽性 ( ○ )  ( hCG値 412 )



Lupronという、卵巣の働きを抑える薬の注射は、前回と同じく
小さな針の、自分でお腹に打つ注射。
採卵する必要がないので、卵巣刺激の薬であるGonal-FとLuverisは今回は無し。
小児用アスピリンは、血栓予防のために服用するよう指示が出ました。

パッチというのは、エストロジェン(卵胞ホルモン)補充のためにお腹に貼るもの。
1枚から始まって徐々に4枚まで増やしていき、その後は3日おきに4枚を張り替えます。

パッチ自体は透明です。
vivelle




Lupronの注射と、パッチの張り替えが続いていた頃、
マージャン仲間のイーディスが所有するレイクハウス(別荘)へ小旅行。
( この時のブログ記事は → コチラ )
毎日夕方6時に注射を打つことにしていたので、レイクハウスまでの道中、
途中どこかで車を止めてもらう必要があり、
これは皆に言っておいたほうがいいと判断して、体外受精のことを話しました。


レイクハウスにて。
移植前なのに、思いっきりマルガリータを楽しんじゃってましたね、そういえば。 あはは。
at lake house



イボンヌさんも、イーディスも、キャシーも、そして後日伝えたリンダもカレンも、
みんな私の治療のことを理解し、そして応援してくれました。
行きは、6時に注射が打てるようにとちょうどいい時間に立ち寄ってくれた
レストランでディナーをとっている最中、トイレでお腹に打ち、
滞在先のレイクハウスでもトイレで。
帰りは、ガソリンスタンドに入った時、車の中で、皆の前で打ちました。
あっという間に終わることだったので、わざわざトイレまで行くのが面倒で^^。
この3泊4日の小旅行はすごく楽しかったな~。
治療中だったけど、参加して本当によかったと思う。


4月25日の移植日は、どうしても仕事を抜けられなかった夫に代わって
イボンヌさんが病院まで連れて行ってくれました。
移植は、麻酔もかけずに行なう痛みのない処置だけど、
念のため誰かに運転して連れてきてもらわなくてはいけないのです。

移植日の朝、凍結保存しておいた胚盤胞2つがちゃんと解凍されたか
(復活したか)を病院からの電話で知らされるのですが、
これがもう、緊張の一瞬でしたね。
事前にDr.ナカジマから、凍結した胚の復活率および移植後の妊娠率について
聞かされていたので。
2つとも無事に復活する確率は45%、その2つを移植した場合の妊娠率は20-30%、
1つだけ復活する確率も45%、その1つを移植した場合の妊娠率は10-15%、
そして、無事復活する胚がゼロという確率も10%ある、と。

この10%に入ってしまったら・・・移植する卵が全くない状態になってしまったら、
と考えると、怖かった。
日本で初めて受けた子宮卵管造影検査の前、10%の人が卵管閉塞などの
異常のために検査で激痛を感じる、と説明書に書かれていた、その10%に
自分が入ってしまったという悪夢が蘇ってしまって。 
私にとっては魔の 「10%」 だったもので。

ルイビル大学病院からの電話をとる手が震えました。
嬉しいことに2つとも無事に復活。 よかった。


前回はDr.アーチャーが思いっきり手間取って、散々な移植だったので
今回は絶対Dr.ナカジマでお願いします、とリクエストしました。
Dr.ナカジマは、さすが! 1発で、パパッと完了。
移植直前に、私のイビツな子宮を超音波でジーーーッと、
かなり長い間観察していましたよ。
移植後、最後にDr.ナカジマは私にハグしてくれて、
「 上手くいくように祈ってるよ。 でも、もし今回妊娠できなかったとしても、
  ここで出来ることは全てやった、と胸を張っていい。 」 
という内容のことを言ってくれました。
それで私も、とても満足して、スッキリした気持ちになったのを覚えています。
やれることは全てやったんだ、と。

移植直後は10分間横になったままの状態でいるのですが、その間
待合室で待っててくれたイボンヌさんのところに看護婦さんが来て、
「 Emiの移植、とてもうまくいきましたよ 」 と報告してくれたみたいです。
それを聞いてすごく嬉しかった、と話してくれたイボンヌさん。
彼女に再び車で送ってもらって、自宅まで帰りました。

病院からの指示書によると、
「 移植してから36時間はソファの上かベッドの上で過ごすこと 」 
と書いてあるのだけど、前回そうやって過ごしても結局ダメだったので、
今回はもう普段通りにと思い、
病院から帰ってきてすぐ、自宅でのチャイナペインティング教室を
いつも通りに開催。
皆さんとのおしゃべりで気も紛れ、気持ちも明るくさせてもらいました。


移植後の着床を助ける働きをしてくれるプロジェステロン(黄体ホルモン)は、
今回、注射だけでなくジェルでも補うようにDr.ナカジマから指示が出ました。

注射は前回と同じく、あの太くて長い針の注射器にて、お尻に。
また近所にすむSちゃんに、毎日午後6時に我が家で打ってもらいました。

ジェルというのは、こちら。
crinone
私が手に持っている物の細長い部分に白いジェルが入っています。
右端の輪っか部分をつまんでねじり取り、細長い部分を膣に挿入後、
左端のポンプ部分をギュッと指でつぶす(空気を押し出す)と
中のジェルが膣内に入る、という仕組みになってます。



またまた長くなってしまったので、まさかの陽性が出た判定日については
次回、ということで。 



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アメリカでの不妊治療 ( その2 )


ルイビル大学病院で受けたIVF ( 体外受精 ) の、 
まずは費用の面から記しておきます。

病院から最初に渡された説明書によると、

1) ルイビル大学病院へと支払う、IVFのコスト ・・・ $8243.00
2) 採卵時の麻酔 ・・・ $600.00
3) 薬代 ・・・ 約 $3000. ~ $6000.00


薬は、人によって使用する量が異なるのでこんな風に幅が出てしまいます。
私の場合は、一番最初に薬や注射器を購入したときのレシートに
$1892.31とあります。
その後ちょこちょこっと買い足した記憶があるので、
たぶんトータルで2500ドルくらいだったのではないでしょうか?


同時にドクターから説明を受けたのが、IntegraMedという会社による
リスクシェアのプログラム。
これは、3回IVFを受けてそれでも赤ちゃんを授からなかったら 
( 授かるだけでなくちゃんと出産して家まで連れて帰れなかったら ) 
費用の70%を返金します、というもの。

IntegraMedがこのプログラムを組んでいる病院は、全米でもそれほど多くない、
つまり、Dr.ナカジマ率いるルイビル大学病院の不妊治療科は、
IntegraMedがリスクシェアをしてもいいと考えるほど治療成績が良いということ。
これは、かなり好印象でした。

ただし、私たちはアメリカで3回もIVFに挑戦する金銭的余裕はなく、
もともと1回だけ ( もちろん余剰胚ができれば凍結保存して
それを後日移植する、というところまでは含めて ) のつもりだったので
このプログラムを考慮することはないと思っていたのですが、
Dr.ナカジマから
「 途中でいつでもやめられる、つまり、1回目でダメだった時点で
  プログラムから抜けることができる 」 
という話を受け、
ちょっと詳細は忘れてしまったのですが、薬代くらいは浮かせられることがわかり
とりあえず申請するだけしてみることに。
  
誰でもこのプログラムを利用できるわけではなく、事前に夫が精液検査、
妻が血液検査を受け、IVFを正常に受けられる状態であるかどうか審査されます。

検査の結果はどれも良かったのですが、残念ながら私たちの申請は却下されました。
理由は、私が過去に3回も日本でIVFを受けていながら、
一度も妊娠に至らなかったという経緯。
これについては、実はDr.ナカジマも懸念してくれていました。
でも、
「 日本で受けたIVFでは、受精卵移植後の黄体ホルモンの補充が不十分だった 」
( アメリカでは注射で徹底的に補うのに比べて、日本で私が受けた時は
錠剤だけでしたから )
と補足を入れておきましょう、と言ってくれていて、それに期待していたのだけど、
やっぱりダメだったみたいで。

IntegraMedからダメ出しをくらい、費用的にセーブできなかったことよりも
「 あなたのIVFがうまくいく可能性は、我々がコストのリスクをシェアするのに
  ふさわしくないほど低い 」 と言い渡されたようで、ちょっと落ち込みました。
でも、血液検査の結果は悪くなかったのだし、Dr.ナカジマも
私が妊娠する可能性は50%程度ある、と言ってくれていたので、
IVFはもちろん決行することに。


1度だけ・・・と私が口にしていたせいか、Dr.ナカジマも
「 ベストの状態で臨みたい。 あなたの体がどういう薬のどういう量に
  どう反応したのかを知っておきたい 」 
と言って、過去に日本でIVFを受けたクリニックから
治療記録を取り寄せてほしいと私に依頼してきました。
横浜のクリニックに電話をかけて事情を説明し、記録を発行してもらうことに。
( といっても、結局紙切れ1枚の 紹介状 という形でしたけど。 )

もちろんこの紹介状は日本語で書かれていたので、それをDr.ナカジマとの
コンサルテーションの時に、その場で訳して伝えました。
前述した通り、紙切れ1枚に、そこで受けた3回のIVFの経過が
簡単に(5~6行で)記されていただけでしたが、
卵巣刺激に使った薬の名前と量が一応ちゃんと書かれてあったので
それをDr.ナカジマは参考にしてくれたみたいです。


そして2008年1月、いよいよ私のアメリカでの初IVFがスタートしました。

以下、カレンダーに記しておいたIVFの流れです。
まずは採卵まで。

1月20日   避妊ピルの服用スタート  ( IVF周期前、卵巣や子宮を休ませるため )
2月 9日   避妊ピルの服用ストップ
2月12日   Lupron ( 10 units ) 注射スタート 
2月14日   Gonal-F ( 225 units ) 注射スタート
         Luveris ( 75IU ) 注射スタート 
2月17日   U/S ( ultrasound = 超音波 ) にて卵胞の育ち具合を診る
2月19日   U/S
2月21日   U/S  結果を受け、Gonal-Fを225から150へ減量、Luverisをストップ
2月23日   U/S  結果を受け、Gonal-Fをストップ
2月24日   U/S
2月25日   U/S  結果を受け、Lupronをストップ。 夜9時にhCGを注射
2月27日   採卵  ( 12個採れた )  夜プロジェステロン(黄体ホルモン)注射開始



採血や注射の時、刺される部分を絶対に見れない 「 針恐怖症 」 の私が
本当に自分の体に注射なんてできるのだろうかと、ものすごく不安でした。
ロビンちゃんにもメールで泣き言を言いましたが、彼女から
「 自分も注射は怖かったけど、恐怖心よりも赤ちゃんが欲しい気持ちのほうが
  強かったから、打つことができたよ 」
と激をとばされ、奮い立たされました。
注射する部分を氷で冷しておくと痛みが少ない、オレンジで練習するといい、など
またいろいろとアドバイスをくれて。

Lupron, Gonal-F, Luverisの3種は、お腹の脂肪に打つ注射です。


Lupron  ( 卵巣の働きを抑制するもの。 日本では点鼻薬だった )
粉薬が入ったビンに、注射器で精製水を注入して混ぜる。
lupron


お腹に打つときに使う注射器
lupron2
糖尿病の方がインスリン注射に使うのと同じくらいの小さな針。 
ほとんど痛みはないので、最初ロビンちゃんから教わってやってた
「 打つ前に氷で冷やす 」 ということも、すぐにやらなくなりました。


Gonal-F ( 卵をたくさん育てるための、卵巣刺激のお薬 ) も
粉薬と精製水を自分で注射器で混ぜて使います。
お腹に打つときの注射器は、Lupronと同様細くて短い針でした。
gonal-f
日本では、卵巣刺激の注射(hMG)は、病院で肩かお尻に打ってもらう筋肉注射。
油性の薬だったせいかものすご~く痛かったので
その覚悟でいたのだけど、これはそれに比べたら何でもないように思える。



Luveris ( これも卵巣刺激のお薬 たぶん )
1箱に、粉薬と精製水とがセットで入っているので、
太くて長い針の注射器を使って自分で混ぜる。
luveris
お腹に打つときに使う注射器は、Lupron, Gonal-Fと同様のもの。



2月12日から始まり、採卵日の前々日まで約2週間続いたお腹への注射。
Lupron, Gonal-Fは朝晩、Luverisは晩のみだったので、
一番多い時は、毎日朝2本、夜3本の注射を打っていました。


どの注射も、写真入りの説明書がもらえますが
なにせ初めてのことなので、何回熟読しても不安でした、慣れるまでは。



薬の混ぜ方
how to mix


お腹への打ち方
how to inject



最初は怖くておっかなびっくりだった注射も、毎日やっていると慣れてきて
ササッと済ませられるようになっていたけど、
一度 「 ヤバイ 」 と思うことがありました。
朝、LupronかGonal-Fを打った後、お腹から針を抜いたら血がタラ~ッと
たれたんですよね。
ガーゼで押さえていたら血はすぐに止まったのだけど、それから急に
目の前が暗くなってきて、頭がクラクラして、全身がしびれてきて・・・。
説明書には 「 血管を避けて注射をするように 」 と書かれていたけど
もしかして間違って血管に打ってしまったのだろうか?!
そのうち立っていられなくなり、意識も朦朧としてきて、
「 ヤバイ、私このまま死んじゃうのかなぁ 」 と思っていたら
少し視界が開けてきたので、はいつくばって電話のところまで行き、
救急車を呼ぶかどうか迷ったけど、とりあえずルイビル大学病院に電話。
IVF担当のいつもの看護婦さん(イボンヌさん)に状況を説明すると、
「 大丈夫よ、血管に打ったわけではないから。 たぶんお腹のあたりにある
  神経に触ってしまったのではないかしら。 問題ないから安心して 」

注射でヒヤッとしたのは、この1回だけです。




薬局からドサッと送られてきた薬と注射器の山を見て、一番ビビッたのが
採卵日の前々日にお尻に打つhCGの注射針と、
移植後から判定日までの2週間、これもお尻に打ち続けるという
プロジェステロンの注射針。

hCG


針が結構太くて長いのです。
progesteron



採卵日前々日に打つhCG ( 卵子の最終的な成熟を促す ) は、
友人のデニスが紹介してくれた現役の看護婦、Loriが
指定時間の夜9時に、私の家まで来てやってくれました。
Loriは、今は違う科だけど、以前は不妊治療に携わっていた看護婦さん。
この時、移植後2週間に渡ってお尻に打たなくてはいけないプロジェステロンの
注射をやることに同意してくれた、日本人の友人Sちゃんにも同席してもらって、
Loriが私のお尻に注射をする様子を見学してもらいました。

お尻上部へのプロジェステロン注射は、やはり自分でやるのはなかなか難しいため
誰かに頼まなくてはなりません。
我が夫は 「 自分の妻の体に針を刺すなんて、とてもできない 」 と
怖がっていたし、そもそも当時は仕事が非常に忙しくて
時間厳守で打たなくてはならない夜6~8時に帰宅することが不可能でした。
そこで、我が家から車で5分のところに住んでいるSちゃんにお願いすることにしたのです。

Sちゃん見学のもとLoriに打ってもらったhCG注射は、Loriが言った通り
ほとんど痛みもなく終わりました。
hCGの薬剤は油性だったので、日本で受けた筋肉注射の激痛が蘇って
怖かったのだけど、なぜかそんな強い痛みは全くなかった。 不思議。

そうしてこの翌々日、夫に付き添ってもらい採卵に臨んだのでした。


以下、採卵後の流れです。


2月27日   採卵 ( 12個採れた )  夜からプロジェステロン注射スタート
2月28日   12個のうち、7個が受精したと電話連絡あり
3月 1日   7個の受精卵のうち、今の時点で8細胞にまで分割しているものが2個
         7細胞のものが2個、4細胞のものが2個 と電話連絡あり
 
ET ( Embryo Transfer = 移植 ) するので来院するようにとの指示
         この日、8細胞の分割胚2つを子宮に戻す

         採卵はDr.ナカジマでしたが、ET (移植) はDr.アーチャーという女医でした。
         このドクター、移植の腕はイマイチだと思います。
         普通なら5~10分程度で終わるETなのに、30分以上かかりましたから。       
         私の子宮はどうやら形がイビツな上に後屈していて、
         ETのための管を奥まで入れるのに相当苦労したみたいです。
         ( 横浜のドクターはそんなことなかったのに。)
         3回 ( 3種類 ) も管を変えました。
         途中、管を子宮内部にホチキスでとめる(!)なんてことまでされました。
         ETする時って、腹部からの超音波で様子を見ながらなので 
         見やすくするために膀胱を満タンにしていかないといけないんですよ。
         おしっこ漏れそうでヒーヒー言ってるのに、なかなかETが終わらなくて。
         途中2回ほど 「 5秒間だけなら出していいから 」 と言われてトイレへ。
         カンベンしてくれ~、って感じのETでした。         
         
3月 3日   胚盤胞にまで成長した2つを凍結保存した、と電話連絡あり
3月12日   判定日  朝病院で血液検査を受け、昼頃電話にてXの結果が伝えられる 
     

自分の体の様子から、なんとなく ダメだろうな~ という予感はありました。
直接電話で結果を聞く勇気がなかったので、実は判定日はずっと外に出っぱなしで
(午前中はロクサーンが一緒に過ごしてくれ、午後は恒例のマージャンだった)
夕方帰宅してから留守電で知りました。
担当看護婦のイボンヌさんが、ものすごく落ち込んだ声で残してくれたメッセージを聞き
「 やっぱり 」 と最初は涙も出ず。
でも、その後だんだんと悲しさと悔しさがこみ上げてきて・・・
あふれ出てきてしまった涙を、ハナとマロがペロペロと舐めてくれました。

治療してると、特にIVFだと、スタートから判定日までがとても長い上に、
注射や薬、採卵など体への負担も大きい。 経験する痛みも多い。
費用もものすごくかけているし。
だから、結果がダメだったときの衝撃も、その分大きいんですよね。
今回は、針恐怖症な自分を奮い立たせて、自己注射までして頑張ったのに、
っていう思いもあったし。


妊娠が成立するって、本当に本当に難しいこと・・・。


採卵日から判定日までの2週間、毎日夕方6時に家に来て
私のお尻にプロジェステロン注射を打ってくれたSちゃん。
ありがとう。

途中ずっとメールや電話で応援してくれたり、気晴らしにとランチに
連れ出したりしてくれたデニス、ロクサーン、ケイティ、ジルにも、
そして、お尻への注射を指導してくれたLoriにも残念な報告しかできず辛かった。


日本で受けたIVFと違って、移植後にプロジェステロン ( 黄体ホルモン ) を
注射によって十二分に補充してくれたので、もしかしたら上手くいくのでは?
と、やっぱり期待しちゃってたな~。
ギリギリだけど、ラパロから半年というゴールデン期間内でもあったし。

しかし、アメリカでのIVFもダメだったか~、と落ち込んでいるヒマは
ちょっとしかなく、判定日から数日後に再び避妊ピルの服用がスタートします。
凍結保存した2つの胚盤胞を移植する周期に突入するために。




次回は、凍結胚盤胞移植の周期について。
今お腹にいる子を授かった時のことです。




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オバマ大統領誕生に大興奮!

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今後のアメリカが楽しみになってきた。





アメリカでの不妊治療 ( その1 )


2006年8月、横浜から、米国ケンタッキー州ルイビルへ引越し。

日本で受けたFT手術によって両卵管を通してもらったため
自然妊娠も可能となったので、アメリカでは不妊治療は受けず
自然にまかせよう、と思っていました。

妊娠する確率が高いといわれていた 「 FT後6ヶ月間 」 に
5回もAIHしたにも関わらず、かすりもしなかったという事実が
心のどこかにひっかかってはいましたが。

環境が変わると妊娠しやすい、な~んて話も思い出して、
この2度目の駐在 ( 環境の変化 ) がいい方向に出るかしら?
などと淡い期待を抱いてしまってもいたかなぁ。

まずは体作り、という思いから、漢方薬だけは飲み続けていました。
銀座の漢方薬局から、神奈川の実家に郵送してもらい、
母にルイビルへと送ってもらっていたのです。
1ヶ月分2万円という、高額な漢方でした。
が、飲み始めて2~3ヶ月の頃からすでに出ていた症状なのですが
生理の量が異常に少なくなる ( 2日くらいで終わってしまう ) というのが
アメリカに来て飲み続けていても一向になおらず
さらに、何もしていないのに体重が5キロも落ち、渡米前には32%の
「やや肥満」だった体脂肪率が、12%にまで落ちてしまって、
何だか怖くなってしまい、渡米後半年ほどで飲むのを止めてしまいました。


で、ルイビルに来て2ヵ月後の10月に、ハナ ( チワワ ♀ ) が我が家にやってきて。

baby hannah

仔犬から自分で育てるのは初めてなので、わからないことだらけ。
ミニチュアダックスを2匹飼っているロビンちゃんに
メールでいろいろと教えてもらいながらの 「 仔育て 」 でした。


日本にいる間の不妊治療では、ロビンちゃんからメールでいろいろと
励まされ、アドバイスをもらい、
さらに、日本にいた2年半の間、毎年夏にはクリーブランドまで
遊びに行かせてもらっていたんです。
彼女と会って、お互いの治療の経過や愚痴を言い合うことで
どれだけ癒されたか・・・。

私が日本にいる間ロビンちゃんは、実の妹に代理母出産を頼む方法を
何度か試みていたようです。
40歳近い年齢ゆえ卵子の質が悪いのが、過去3度の
IVF失敗の原因だろう、というドクターの見解から。
見知らぬ人から卵子提供を受ける前に、まずは身内から、ということで、
協力を申し出てくれた妹さんの子宮に、自分の夫の精子を注入して
人工授精させる方法を数回決行。
しかしいずれも妊娠には至らなかったようです。


そんなロビンちゃんのところへ、久しぶりに夫婦で遊びに行きたくなり
その年のサンクスギビング ( 11月末 ) にお邪魔することに。
この時、ロビンちゃんが4回目のIVFにて妊娠したことを知らされました。
卵子提供を受けてのIVF。 
卵子のドナーは、ロビンちゃんと同じ人種的バックグラウンドを持ち、
ロビンちゃんと同じ髪の色、目の色の女性だったそうです。
(もちろんお互い匿名。)
その女性の卵子は、今まで何人もの子宮に着床して妊娠を成立させてきた、
スーパーエッグだったみたい。
とにかくよかった!
人の妊娠は素直に喜べなかった私も、ロビンちゃんの妊娠だけは
もう、心の底の底から本当に嬉しくて嬉しくて。
40歳を越えてのIVF成功だったから、ものすごく勇気づけられもしました。



一方、一向に妊娠する気配のない私の体。

アメリカに来て環境が変わったのに、ハナが来てくれて心穏やかに
楽しく過ごしているのに、なんでダメなんだろう・・・?
もしかして、通してもらった卵管が、また詰まってしまったのかな、なんて
不安にもなってきたりして。


そして、ルイビルに来て半年が経った頃の2月、Newcomers Clubに入会。
そこで知り合ったデニスとロクサーンと一緒にランチをとっていたときのこと。


( 写真は、先日ルイビルに遊びに行ったときのもの )
denise
roxanne


「 Emiのところは、子供は? 」 とデニスからきかれたのだけど、
それまではその質問がイヤだったのに、この時は不思議と嫌な感じがせず、
素直に自分の気持ちと、過去の不妊治療歴を話すことができました。
一緒にいたロクサーンが、元看護婦さんだというのを知ったから
聞いてもらいたい、という気持ちもあったのかもしれない。

「 この人たちになら話しても大丈夫かも 」 という勘は当たったみたいで、
デニスもロクサーンも、不妊治療を受けたという私を好奇の目で見ることなく、
真剣に話を聞いてくれました。
ロクサーンも、今は3人の子のママだけど、最初は重度の子宮内膜症があって
妊娠は難しいかも、と言われていたくらいだったと話してくれました。

そして、この時ロクサーンが

「 私のお友達の旦那さんが、ルイビル大学病院で不妊治療の医者をしてるの。
  そのドクター、とても腕がいいみたいで、全米各地から患者が来るくらいなんだって。
  彼に診てもらったらどうかな。 」

と言ってくれたのです。

アメリカでは費用が高すぎるので、不妊治療をうけるつもりはなかったのだけど、
これも何かの縁かと思い、一度会うだけ会ってみることに。
その場でロクサーンはそのお友達に電話をかけて、病院の予約のとり方を
きいてくれました。

そのドクターの名は、Dr. Steven Nakajima。 
日系人の先生でした。

早速保険会社に電話をかけ、不妊治療に保険がきくかどうかを、ダメもとで確認。
( アメリカは日本みたいに国民健康保険などというものがないので、
各自保険料を払って民間の保険会社に加入します。
不妊治療が保険でカバーされるかどうかは、加入している保険会社によりけり。)

ウチが入っている保険会社では、不妊治療自体は
やはりカバーされない、との返事でした。
ただし、 「 検査 」 はカバーされると。


そうして2007年4月に初めてDr.ナカジマとお会いしました。

「 1人で行かないほうがいいよ。 
エース ( 夫 ) が忙しくてついていけないのなら私たちのどちらかが一緒に行くから! 」 
と言ってくれたデニスに、一緒に来てもらって。
不妊治療のクリニックに、お友達についてきてもらうなんて
日本じゃありえないですよね ( 笑 ) 。
でも、とっても心強かった。

Dr.ナカジマは、見た目はおもいっきり日本のおじちゃんなのに、
日本語が全く話せないという、日系人の先生。
アシスタントのDr.ペリーと一緒に、私の治療歴をじっくりと聞いてくれました。
( 日本で受けた治療を、紙にまとめていったら喜ばれました。 )

それから、日本で受けたような一通りの検査を受け、やはり
HSG ( 子宮卵管造影検査 ) も、もう一度受けることに。
この時のHSGも、痛み止めを飲んでいたにも関わらず、やっぱり痛かった。
( 日本で受けた時よりは幾分マシだったけど。)

結果は、両卵管閉塞のため 自然妊娠する確率は1%以下 とのことでした。


FTで卵管を通してもらっても、再度詰まってしまうケースもあると
話には聞いていたけれど、私のもやっぱりまた詰まっちゃったんだなぁ・・・。
FT受けてから1年以上経っちゃってるもんなぁ・・・、とガックリ。
また 「 IVFしか道がない 」 に逆戻り。


この時のHSGの結果を踏まえて今後について話す、ということで
再びDr.ナカジマのもとを訪れた私。
今度はロクサーンがついてきてくれました。
しかも、この時は部屋の中にまでついてきてもらって、
一緒にドクターの話を聞いてもらいました。

Dr.ナカジマは、私にLaparoscopy ( 腹腔鏡検査。 日本での通称ラパロ ) を
受けることを勧めてきました。

この時点で私は、すでにDr.ナカジマに
アメリカでは高額すぎてIVFをとても受けられないので、
日本に一時帰国したときに日本で受けるつもりつもりだ、ということを
伝えていました。

以下、Dr.ナカジマのお話。

日本よりアメリカのほうが薬を有効に最大限に使って
妊娠に導くことができると思う。
あなたの今の年齢 ( 当時34歳 ) なら50%の確率で妊娠できるはず。
だけど、日本で受けたいというあなたの言いぶんもわかります。
それは僕にとっては問題ありません。
ただ、日本でIVFを受けるにしても、その前に腹腔鏡検査は受けておいたほうがいい。
子宮内膜症があったら取り除けるし、
卵管の先が炎症を起こしていて、そこから例えば汚れが子宮に逆流して
着床を妨げていることも考えられるから、その場合は
卵管ごと切除してしまうのがいいと思われる。
そういう処置をしておけば、今後受けるIVFの成功率が上がるから。


アメリカでは、というか、あなたの所ではIVFを受けるつもりがありません、
と言い放ったにも関わらず、将来的に私が妊娠にたどり着けるようにと
親身になってくれたDr.ナカジマ。

もしも卵管に炎症などの異常があった場合は、最悪両方とも切除する
というくだりには、正直かなり動揺しました。
卵管を取ってしまったら、自然妊娠の確率は1%どころか完全に0%に
なってしまうから。
でも、どうせほとんど自然妊娠が見込めないのであれば、
将来のIVFにそなえて悪い部分を取ってしまった方がいいのだろう、と
最終的には納得して、数ヵ月後の8月にラパロを受けることにしました。

ロクサーンもこの時、元看護婦として、ラパロ経験者として、
ドクターにいろいろと質問してくれていました。
( Dr.ナカジマはロクサーンのお友達の旦那様だけど、
  会ったのはこの時が初めてだったらしい )
ドクターとの面会が終わったあと 「 彼はとても信頼できる医者だと思う 」 と。
元看護婦のロクサーンがそう言ってくれると、妙に説得力があった^^。

この日、終わってお会計を済ませたところで、ロクサーンが
「 I wish you didn't have to go through all this. 
 ( あなたがこんな辛いこと諸々、経験せずにいられたらどんなにいいか ) 」
と言ってハグしてくれて。
彼女の優しい言葉と行動に、張り詰めていたものがプチッと切れてしまったらしく
涙が止まらなくなってしまいました。
「 怖いけど、でも、大丈夫。 頑張るよ。 」


そうは言っても、内心は怖くて怖くて仕方なかったです。
お腹に3ヶ所、小さな切込みを入れるだけ、とはいえ
全身麻酔でお腹を切る手術なんて生まれて初めてのこと。
この何年か前に、日本で腹腔鏡手術ミスによって亡くなった方が
いらしたニュースのことも頭をよぎり、逃げ出したい気分だった。
だけど、今まで何をやっても妊娠できない自分の体の中がどうなっているのか
見てみたい気持ちもあったし、やはり、できることは全て挑戦しないと
諦めきれない、っていう思いが強かった。

IVFで妊娠したロビンちゃんも、過去に2回ラパロを受けていたというのにも
影響を受けていたかもしれない。


ラパロは、検査とはいえ、内膜症を取り除いたり
癒着部分を剥がしたりと 「 治療 」 もできてしまうから
私が入っている保険でカバーされる 「 不妊治療の検査 」 には
入らないのではないか、という心配もあったのだけど、
ドクターに相談したら、diagnostic ( 診断目的 ) なものとして手術を行なうから
大丈夫だよ、検査の部類に入るよ、と。

結局ちゃんと保険でカバーされました。 全部ではないけれど。
自己負担額は、トータルで1000ドルくらい ( 約10万円 ) でした。


ラパロを受けるにあたっては、夫にも多大なる心配をかけましたが、
ちょうどその頃に発売された、ルイビルの月間誌、Louisville Magazineで
「 ルイビルのトップドクター 」 という特集が組まれたのですが、
そのトップ10ドクターの中にDr.ナカジマが入っていて、
しかも彼が表紙にまでなっていたんです。
Dr.ナカジマの記事を読んでもらって、彼の経歴や腕の確かさ、
そして不妊治療に捧げる情熱を夫に知ってもらうことができたと思います。


2007年8月、腹腔鏡検査を受けました。
この時ばかりは夫が会社を半日休んで、病院までついてきてくれました。
そしてこの時初めて、夫もDr.ナカジマと会って話をすることができました。

手術は1時間半ほどで無事に終了。
私が麻酔から覚める前に、ドクターから夫に検査の結果が報告されたようです。

卵管は両方とも温存。
しかも、両方ともちゃんと通っていたそうです。 ( 染料を流して確認。 )
HSGの時には 「 両卵管閉塞 」 という検査結果だったのにね。
そういうことはたまにあるらしいけど。
それから、子宮内膜症が2ヶ所あったので焼き切る処置をし、
scar tissue ( 傷組織? ) も1ヶ所あったので治しておいた、とのこと。
私が長年、もしかしてこれかなぁ、と疑っていた 「 ピックアップ障害 」 も
なかったみたい。

( ピックアップ障害とは、本来自由に動いて、卵胞から飛び出た ( 排卵された ) 
卵子をキャッチするべき 「 手 」 の部分 ( 卵管の先 ) が
癒着などによって動くことができず、卵子をピックアップできない、という症状のこと )


術後すぐに帰宅でしたが、会社に行かなくてはならない夫の代わりに
友人のSちゃんが家に来て、私と一緒に夜まで過ごしてくれました。
(術後は容態急変などに備えて、必ず誰かと一緒にいるようにと
指示が出ていたため。)
その節は本当にありがとう。

デニスとロクサーンも、電話で様子を確認してくれて。
マージャン仲間のイボンヌさんにも、どういった経緯かは忘れてしまったけど
(不妊治療の一環というのは話さず)子宮内膜症を取るためにラパロを受ける
というのを伝えていたので、翌日、心配して電話をかけてきてくれました。


ラパロの後しばらくは、お腹にたまったガスが辛かったです。
ガスといってもおならのガスじゃなくて、手術しやすいようにお腹を
膨らませるためのガス。
術後に抜き取ってくれるはずなんだけど、完全には抜けきらず、
それが腹腔内に残るんですよね。
寝返りを打つたびに、それがお腹の中を移動して、内臓が動かされて辛い。
それと、そのガスは腹腔内で吸収されるのがほとんどだけど、
肩から抜けていくものもあるらしく、肩がきゅ~~~っと痛みました。
意外と辛かった、ラパロ術後。



手術から2週間後、再び、今度は1人でDr.ナカジマのもとへ行き
詳しい検査結果の説明を聞かせてもらいました。
ドクターは、HSGと同様、ラパロも術後6ヶ月間が一番妊娠しやすいということと、
時間が経てば経つほど、生理がくればくるほど
内膜症再発の恐れも出てくるし、お腹の状態もまた悪くなってきてしまうということで
私に、すぐにでもIVFをすることをやっぱり勧めたい、と言ってきたのだけど、
どうしても私はそれには従えなかった。

ラパロの効能が続く6ヶ月間、まずは自然妊娠を目指したいと伝えました。
それでOKとドクターからは言われたけど、
今回Dr.ナカジマにラパロを執刀してもらって、
術前も、手術自体も、そして術後の対応も丁寧だったことで
ドクターへの信頼度が高まり、そしてドクターから再度、
日本とアメリカのIVFの違いを説明されて
「 アメリカでIVFを受けてみたい 」 という気持ちがムクムクとしてきたせいなのか
「 Dr.ナカジマのIVFを受けたい 」 と思うようになってしまいました。

だけど、ここでIVFを受けたら12000ドル ( 約120万円 ) 。
とてもじゃないけど夫からOKは出ないよな~・・・っていうか、
お願いすることすらハバカラレル金額・・・。
口に出すまでにたくさんの勇気が要りましたが、ついにお伺いをたててみると
意外にも 「 絶対にダメなわけじゃない 」 とのお返事で。

私が考えていたのと同様、自然妊娠する可能性が高い期間が半年あるのなら、
それまでは自然にトライして、6ヶ月目にIVFを考えればいいのでは、
という意見でした。
金額のこともあるし、やるんだったら1回だけ、ということで。


それからの半年間。
毎月自然にトライして、1度はAIH ( 人工授精 ) もやりました。
ルイビル大学でのAIHは、1回トータルで1000ドル ( 約10万円 ) ほど
かかったと記憶しています。
超音波がとにかく高い。 1回150ドルするのを、AIH当日までに
3回くらいは見てもらわないといけませんから、それだけで450ドル。
AIH自体 ( 精子の子宮への注入 ) が450ドルくらいしたと思います。
それプラス、お薬だったり注射だったりがあるので。
日本では1~2万円で済むことを考えると、やっぱりアメリカは高い!


11月には、私の弟の結婚式に出席するために、日本に一時帰国。
この時に日本で、成育医療センターという病院を訪れました。
友人から教えてもらった病院なのですが、ウェブサイトを見させてもらったところ
日本でIVFをやるなら是非ここで受けたい、と思わされたのです。
3週間の日本滞在中、この病院で検査を受け、将来のIVFに備えて
夫の精子を凍結保存しておいてもらいました。
(こうすれば、私だけ日本に滞在してIVFを受けることが可能ですから。)
先生方は、私の過去の治療歴を本当に丁寧に聞いてパソコンにまとめてくれました。
この時には、アメリカで高いお金出してIVFに挑戦する前に、
この成育でIVFを受けようと思っていました。


そうこうしているうちに、残念ながら妊娠することができないまま
ラパロ術後半年というタイムリミットが近づいてきて、さらに
ミシガンへの移駐という話が浮上して。

ルイビルを去るとなると、急に 
「 引越しちゃう前に、どうしてもDr.ナカジマにお願いしたい! 」 と
また強く思うように ( 笑 ) 。

今思えば不思議なめぐり合わせですよね。
もしもこの移駐話がなければ、こんな風に 「 絶対Dr.ナカジマで! 」 と
アメリカでのIVFを実行に移すことはなかったかもしれないのだから。


そうして、ラパロから半年後の2008年1月、ルイビル大学病院にて、
Dr.ナカジマの指揮のもと、IVFを受けることになったのです。

この頃には、

「 Dr.ナカジマでIVFを1度だけ。 うまくいかなかったら
  一時帰国して、成育で最後のIVFを受けよう。
  それでもダメだったらもう諦めよう、もう不妊治療を受けるのは
  完全に終わりにしよう。 」

と決心していました。



次回は、ルイビルで受けたIVFについて。






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長~い文章、読んでくれてありがとう。

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